己から聞こえる声

好きなものも出来ることも多くないです。

誘導と断罪と期待感

火曜日です。
午後に雨が止んだからなのか、なんかちょっと久々に濡れてない道路を歩いたなあって思いつつおうちに帰ってきました。トーキョーは明日も雨ではないらしい。なんでもいいから洗濯物乾いてほしい。
そういや昨日の夜、今週末に放送されるラブシャを録画するためにスペシャ加入しようと思ってテレビをつけたんです。んでウェブで加入手続きするのにiPhoneぽちぽちしながら流れてた番組をなんとなく聞いてたんですけど、わたしの考えではどう解釈しても笑うとこではないよなこれって場面で爆笑のSEが多用されてるのが気になって画面見たら小窓にも手叩いて笑ってる人たちの顔が代わる代わる映し出されてて。なんかやたら認識の乖離というか隔たりを感じて興味深かったです。と同時にこんなん毎日観て聞いてたらもともと自分の中に備わってるはずの面白さの基準が自分でも気付かないまま歪んで取り返しがつかなくなるのではないかなと思って怖くなった。影響を受けることそのものは好ましく思う質だから、自覚の有無って程度の差異という事でいいのかなこれは。素直にすぐに線を引けるわたしでありたいです。
例によってねむたい火曜日なわけです。昨日放送だったカフェイレすごいわくわくする話題ばっかりで50分があっという間だった。その勢いでこの1週間もあっという間に過ぎ去ってほしいな。