己から聞こえる声

好きなものも出来ることも多くないです。

歯車

金曜日です。
天気予報の雪マークと斜めに降る雨マークと最高気温5度の表示にどきどきしながら傘を携えつつ出勤したんですけど、結局お昼休みも帰り道も含めてわたしが外にいる間に傘の出番が来る事はありませんでした。いいけども。お米とかリンゴとか買って両手重めに塞がってたからよかったけれども。
なんで早く帰れないんだろうって理由理解しつつも言いたくなるやつ。ただの嘆きだ。嘆きって一言からの連想で亡國覚醒カタルシス聴きたくなってる。言葉に歌が宿ることの強さと歌に対する個人的な執心のあいだに明確な境界線が引けるだろうか。


星占いでおなじみのライター石井ゆかりさん(自分の常識がこれを読む私以外の人にとっても同列に常識とは限らない事を意識した前置き)の星ダイアリーという2017年用の手帳を、10月の部署異動前に同僚さんに頂いてからときどき読んだり眺めたりしてたんですけど、せっかくだしちゃんと使いたいなあとずっと思ってたんです。でも日記はここで書いてるしひとこと日記も去年のポルノさんのライブグッズのカレンダーにつけてるし、ってあれこれ逡巡して未使用のまま保留にしてたんですけども。
最近ツイッターのタイムラインが、自分がフォローしてる人がいいねしたツイートが表示されるような仕様になったみたいで石井さんを筆頭に公式系のアカウントがいいねした一般の人のツイートがどんどこ出て来るようになっててこの仕様やだなあって思ってたんですけど、その中に毎日ツイートされる石井さんのひとこと占いを書き留めてますっていう人がいてなるほどなと素直に感心したのです。そして実行するなら後になるほどたいへんだと思って早速真似して始まりの昨年12月26日から今日までの欄を埋めてみました。賑やかになったしまだ記憶も新しいから振り返る作業が答え合わせみたいで面白かった、というタイムラインでのいいね表示が初めて役に立った実例。でもやっぱあの仕様要らん…。個別にリツイートを表示させないように出来る機能があるのだからいいねを表示させない機能も付けばいいのにな。そして表示の傾向から見た感じ鍵アカの人のいいねは出てこないみたいだからとりあえずわたしも施錠です。
そんでその作業は仕事終わって寄り道したコーヒー屋さんでちまちまやったんですけどただの書き写しなのにすごく解放感のようなものがあったのが不思議で、終わってからちょっと振り返って考えました。完全に自分のためだけにやる作業だから心地よかったのかな。仕事終わらなくて遅くなった後だったからこそ単純作業に対して自分だけが楽しいっていう実感を得られたのが大きかったのか。答え出す必要性は感じなかったので諦めてミートソースパスタのグラタンを食べました。チーズの絡まり具合が絶妙でとても好きな味だった。
駅から家まで歩いてる時に踏切が閉まる時のカンカン鳴る音が聞こえて無性に安らぎめいた気持ちを感じて、車のクラクションが苦手なのでどうにかなりませんかっていう内容の質問に対して「警告音だから不快でないと意味がない」という一刀両断っぷりを発揮していた森博嗣さんの回答を思い出しました。もちろん納得だけどそしたら今わたしが感じてるこの安心感は何なのだ。すでに日常の一部だからという事なのか、それとも影になって暗い踏切のあたりに浮かぶ赤い警告ランプを綺麗だと思ってそれが頭のどっかで安心感にすり替わったのか。
いまだに自分でも自分のことがよく分からないっていう事たくさんあります。そういう気付きがある間は全然大丈夫。